まいにち右往左往

日記です。興味の範囲がバラバラで統一性がない日記です。だんだん備忘録っぽくなってきました。

夜は短し歩けよ京都

京都の夜は、思っていたよりも暖かかった。
冬の京都はとても寒いと聞いていたので、十分な防寒対策をとっていたのだが、上着が邪魔なくらいである。12月も半ば、そして夜の11時をまわるというのに気温は10度近くもある。もっとも、暑いのは私が走っていたせいもあったかもしれない。
 
一ヶ月ほど前、京都への旅行が決まった。私の好きな街でもあるため、小躍りして喜んだのだが、同時に一抹の不安も感じていた。今回はプライベートな旅行でなく、ちょっとした団体旅行なのだ。訪れる場所、食事をとる場所、宿もすべて決まっている。私は、自由気ままに行動ができないタイプの旅は、好きではない。興味のおもむくまま、あっちへふらふら、こっちへふらふら、納得行くまで写真を取り、その時の気分で行く場所を決める。そういうのが旅なのだ。
そうは言っても、せっかくの京都に行く機会をみすみす失うのももったいない。たまには、行程のきまりきった旅行というのもいいものかもしれない。そんなふうに、無理やり自分を納得させていたが、やはり気がのりきらなかったせいか、一週間前になってもなんの準備もできていなかった。このままでは本当にただ行ってくるだけになってしまう、その方がよっぽど面白くないと思ったので、少しでも気分を盛り上げようと一冊の本を読み始めた。
 
森見登美彦作、「夜は短し歩けよ乙女」という本である。
愚にも付かぬ青春小説である、と評されている。
 
これが、大失敗だった。読み始めたら止まらず、生活の自由時間をほとんど捧げてしまった。読み終えたあとも、その本の空気から逃れられず、ついもう一度手にとってしまう。以前に行ったことのある木屋町先斗町界隈が舞台となっているということもあり、地理が頭にうかぶ。その頭のなかの街を、登場人物たちが勝手に動き回る。更には、今度の旅行の宿泊地も木屋町なのだ。なんとも奇遇だなぁと思ったが、あのあたりは繁華街なので、夜飲み歩こうと思ったら目的地がかぶるのは当然のことなのかもしれない。
 
 
さて、旅行当日である。ひたすらに飲み、食べ、歩き、自由な時間を手に入れたのはだいぶ夜も遅くなってからである。一度宿に戻った私は、その足で丸太町へと向かった。小説の中に「桜湯」という銭湯が出てきたので調べてみると、どうやら丸田町に同じ名前の銭湯があるらしい。営業時間は夜12時まで。ゆっくりお風呂にもつかりたい一心でひたすら生温い空気のなか夜の京都を走った。
 
丸太町の銭湯、「桜湯」にたどり着いたのは閉店30分前。大正8年に作られたというこの銭湯は、通りから少し路地に入ったところに位置しており、のれんからもれる明かりが、なんともホッとさせてくれる。引き戸をあけると、中はノスタルジーあふれる場所であった。板張りの床の上には椅子がいくつか置かれ、こんな時間なのに風呂あがりの人が凉んでいる。風呂場はタイル張りで、真ん中に水槽がおかれ、鯉が泳いでいた。どの鯉も大きく太っていたが、風呂場にあるおかげで水温が高いせいかもしれない。浴槽は3つあり、ジャグジーやサウナまである豪華な銭湯であった。これで入湯料400円ちょっとである。古い雰囲気にあふれながらも、よく手入れされているのかとても綺麗だ。
ノスタルジーあふれる、と書いてみたものの、考えてみると銭湯に来た記憶などほとんどない。このあたり、私の感覚はけっこう適当にできているらしい。
 
 
風呂から上がり、さっぱりした私はさっそく夜の京都へくりだした。まず目指すは四条木屋町である。一度鴨川沿いにくだり、それからまた高瀬川沿いにぶらぶらと下鴨神社あたりまで散策しようという計画だ。むろん、このルートのは小説の内容をなぞっている。夜の木屋町先斗町を歩いた彼女と彼の足取りを追いたかったのだ。小説の中では、いくつか特徴的な建物がでてきたので、それっぽいものが見つかると面白いなぁと思っていたのだが、その期待はどうやらはずれたようだ。日付をまたいでしまうと、普通の飲食店はとっくに閉店しており、街の印象も以前来た時とがらりと変わってしまっていた。
そのまま先斗町に足を踏み入れると、そこはまさに繁華街だった。客引きが通りに立ち並び、酔っぱらいが大騒ぎをしており、想像していた京都よりもずっと荒っぽく、少し残念な気持ちになる。どうもこういった夜の街の雰囲気は好きではない。結局、今回の散策で見つけることができたのは、月面歩行という名で小説に出てきたバーのモデルとなったmoon walkというお店だけだった。それも、お店を覗いてみたところ、予約でいっぱいのためなかに入ることもできなかった。アカプルコキューバ・リバー、ピナコラーダといったカクテルを飲もうを思っていたのにだが。もはやいまさら書くまでもないが、本のなかに出てきたカクテルである。普段からお酒と縁の少ない生活をしているので、どんな味かさっぱり検討はついていないけど。
 
結局、2時間ほっど歩いてまったくなんの収穫も得られなかったので、諦めて下鴨神社へ向かった。鴨川の三角デルタの上流に位置するその神社は、様々な話の舞台となっている。これがいつもの一人旅であればゆっくり散策するところであったが、以前尋ねたこともあるのでぶらっと敷地内を歩くだけにとどめておき、屋台のラーメン屋を探した。
 
私が「夜は短し歩けよ乙女」を読み始めたきっかけのもう一つは、作者の森見登美彦さんが馴染みのある作家だったからである。馴染みがあると行っても、実際に小説を読んだことはなかった。氏の作品が原作となった、アニメを二作品見たことがあったに過ぎない。あまりに面白かったので、結局ブルーレイのボックスを買ってしまっている。そのうちの一つである「四畳半神話大系」にでてきた屋台ラーメン、猫ラーメンのモデルとなった屋台ラーメンが下鴨神社界隈にあるらしいのだ。調べてみると、開店状況はブログで告知されており、その日営業中であるということは確認済みであった。抜かりはなかったのである。だが、屋台は見当たらない。
ブログに乗っていた地図と見比べても、載っている写真と見比べても、たしかにその場所にいるはずなのだが屋台ラーメンなど影も形もない。営業時間は朝4時までとなっていたので、間に合っているはずである。ウロウロと30分ばかり橋をいったりきたりしたが、どうにも見当たらず、夜の京都散策はここで諦めることとした。無念だったが、次回に回そうと思おう。
 
帰り際、四条大橋のたもとにあるボンボンカフェというカフェの前を通った。こちらも、森見登美彦氏の作品に縁のあるカフェである。とうに営業時間を過ぎているはずだが、電気がついていた。
看板は閉店になっていたが、気になり中を除くと、数人が1つのテーブルをかこんで飲んでいるのが見えた。カフェとはいえ、閉店後に覗きこむのはどう考えても不審者である。時間も時間であることだいし、そのままホテルに向けて歩いた。
 
 
帰ってきた今思うと、カフェでテーブルを囲んでいた方の一人は、森見登美彦氏であったように思えてならない。きっとタヌキと酒を飲み交わしていたに違いない。